ジャニー喜多川の死因や病名!病気の理由や原因は何?告別式やお別れの会を紹介

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ジャニーズ事務所の社長ジャニー喜多川さんが亡くなられたという悲しいニュースがありました。

 

今までたくさんのアイドルを育てて、私たちを楽しませてくれたのでとてもショックです。

 

ジャニー喜多川さんの死因となった病名や、なぜ病気になったのか理由や原因は何か、告別式やお別れの会があるか調べました。

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ジャニー喜多川のプロフィール

 

ジャニー喜多川さんは、ジョン・ヒロム・キタガワといいます。

 

漢字では喜多川 擴(きたがわ ひろむ)さんです。

 

1931年10月23日生まれです。

 

くも膜下出血で2019年6月から入院されていましたが、2019年7月9日午後4時47分に87歳で亡くなられました。

 

 

ジャニー喜多川さんは、アメリカのロサンゼルスで生まれました。

 

お姉さんはメリー喜多川さんです。

 

メリー喜多川さんの娘さんがジャニーズ事務所取締役の藤島ジュリー景子さんです。

 

科学者のお兄さんもいましたが、1980年に亡くなられています。

 

ジャニー喜多川さんは、ロサンゼルスの高校で学びながらミュージックメイカーのアシンスタントのアルバイトいていたそうです。

 

アメリカにいたころは美空ひばりさんのアメリカ公演のステージマネージメントも担当したことがあったということです。

 

その後、ジャニー喜多川さんは日本で少年野球のコーチをしていました。

 

そのとき、少年野球チームのメンバーで「ジャニーズ」というグループを作ったのが、ジャーニーズのはじまりということです。

 

 

1962年にジャニーズ事務所を立ち上げ、1975年には正式に株式会社になりました。

 

1980年には7人のメンバーであのローラースケートを履いて歌いながら踊る「光GENJI」がデビューします。

 

1990年には「SMAP」がデビューしました。

 

 

2000年代は「TOKIO」「V6」「KinKi Kids」「嵐」がデビューし、ジャニーズ事務所は勢いを増して成長していきました。

 

男性アイドルは活躍の幅をひろげ、歌だけでなくバラエティ番組にも出演するようになり、お茶の間も楽しませてくれています

 

2019年にはジャニーズJr.の育成などをおこなうジャニーズアイランドという新会社を設立し、滝沢秀明さんが社長に就任しています。

 

滝沢秀明さんはジャニー喜多川さんの後継者ともいわれています。

 

滝沢秀明さんについては「滝沢秀明の性格悪い理由がやばい!ジャニー喜多川の寵愛で新会社社長に就任へ」の記事書いていますのでぜひ読んでください。

 

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ジャニー喜多川の死因の病名や病気の理由や原因

 

 

喜多川さんは2019年6月から入院されていましたが、死因となった病名などは何だったのでしょうか。

 

ニュースによれば、9日午後4時47分、解離性脳動脈瘤(りゅう)破裂によるくも膜下出血のため東京都内の病院でなくなられたということです。

 

病気になった原因は明らかになっていません。

 

ジャニー喜多川さんは、2011年に「最も多くのコンサートをプロデュースした人物」と「最も多くのナンバーワン・シングルをプロデュースした人物」にギネス認定されています。

 

 

これだけの男性アイドルを育てるのは並大抵の忙しさではなかったと思います。

 

もしかすると、疲れがたまって無理をされていたのかもしれませんね。

 

入院中は少し元気になっていたという情報もありましたが、87歳という年齢だったので回復は難しかったようですね。

 

ジャニーさんにはもっとアイドルをデビューさせていってもらいたかったですね。

 

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ジャニー喜多川の告別式やお別れの会を紹介

 

 

ジャニー喜多川さんの告別式やお別れの会に参列したいという人も多いですよね。

 

事務所からの発表によるとジャニー喜多川さんの通夜と告別式は所属タレントらのみで営むということになっています。

 

お別れの会は予定があるようなので、後日事務所から発表されるでしょうね。

 

一般的には告別式から1か月~3か月後にお別れの会を開催することが多いです。

 

事務所からの発表を待ちたいですね。

 

【追記】ジャニー喜多川さんのお別れの会については「ジャニー喜多川氏のお別れの会は東京ドーム?日程はいつで場所はどこか調べた」の記事に書いていますので、ぜひ読んでください。

 

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まとめ

 

ジャニー喜多川さんが亡くなられたというニュースがありました。

 

アメリカと日本で育ったジャニー喜多川さん。

 

いろいろな苦労を乗り越えて少年野球のメンバーから「初代ジャニーズ」を結成しました。

 

ジャニー喜多川さん自身は裏方に回り、多くの男性アイドルをプロデュースしました。

 

その功績は本当に素晴らしくて、いつも私たちを楽しませてくれました。

 

ジャニー喜多川さん、本当本当ににありがとうございました。

 

これからはゆっくりと休んでくださいね。

 

ジャニー喜多川さんのご冥福をお祈りいたします。

 

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